4つのテーマ別ブログ記事の更新情報に加え、テーマ外の脈絡のない内容をつぶやきのように綴っています。以前のタイトル「意味の周辺」は2011年12月以降、http://imimemo.blogspot.com/ にて更新を続けています。「意味の周辺」該当記事に対するコメントはhttp://imimemo.blogspot.com/ の該当記事に投稿して頂ければ幸いです。

つぶやき

気になる中国、地震の原因

夕方、時間のあるときには近所の図書館で1時間ほど古代史の本を読む事にしているが、最近はいわゆる古代の「東アジア情勢」関連本というか、日本古代史時代の中国を中心に扱った本を読んでいる。知らない漢字の固有名詞が沢山出てくるので1時間ほどで読めるのは10~20ページくらいではないかと思う。しかし、もしそういう固有名詞が漢字でなかったとすれば、なおさら読みにくいのではないだろうかとも思われる。そんなわけで昨夕、図書館への途中、書店に立ち寄ってみた時も幾多の中国関連本の新刊書が目についた。石平氏と黄氏という、この種の新刊本の著者としてよく目にする著者同士の対談本をちょっと立ち読みしてみた。なぜかこの種の本では単独著者の本はあまり読む気にはなれず、対談なら読んで見ようかという気になる事もある。考えの近い人同士であるか異なった人同士であるかにかかわらず、対談のほうが抵抗なく読める。最近、石平氏と別の著者の対談本を読んだばかりだった。

ちらっと見ただけだが、一人の著者は、日本が中国との深い関係を絶っていた時期は良い時代だったと言う。遣唐使を廃止した後の平安時代と江戸時代までを指している。この言説を読んで個人的に思ったことだが、確かにそれはそうかもしれないが、日本が中国と深く付き合わない自由を持てたということが良かったではないかと思うのである。遣唐使を止めたからといって中国が怒ったわけでもなさそうだし、それが理由で攻撃されたこともない。攻撃されたのは元寇のときだけである。少なくとも素人に判る常識的な解釈ではそういうことで、中国が一貫して日本に強い干渉を続けてきたとは思えない。その間、他の大国が日本を中国から守ってくれたというわけでもない。

そんなことよりも今は中国のことだけを心配すれば済む話ではないし、他のことで色々と気が滅入る一方なことのほうが多いが、最近、つくづく歴史が面白いと思うようになった。以前はただ教養程度にしか考えていなかった日本の古代史も、中国の歴史も韓国朝鮮の歴史も、興味深く見えてくる。歴史は意味論なのだ(Kassirer)


先日、あるテレビ番組で高名なる科学者が「地震の原因は活断層」と単純に一言で片づけてしまっていたのには恐れ入ってしまった。少なくとも現代の常識で地震の原因はプレートの運動であるとされているではないか。二次元の断層面が自力で勝手に暴れだす筈もない。ちょっとしたその場の表現に過ぎないとも言えるが、言葉に対する感性というかセンスと言うか、これは無視できない重要なことだと思うのだが。

つぶやき

もう何年も、小説も、映画も、テレビドラマも見ない、見る気にならない状態が続いている。ドラマとでもいえるものを見たのは『ゲゲゲの女房』を毎回通して見たのが最後かな。調べてみると2010年だそうで、あれからもう三年目か。

最近は評判のアニメーション映画『風立ちぬ』を機会があれば見てみたいという気持ちが起きた程度だ。見るのならアニメーションか人形劇がいい。とは言ってもとても人形浄瑠璃を見にゆくほどの心のゆとりもない。

そう、要するに心のゆとりがないのだろう。今の心の文脈にドラマや小説が入り込む余地がないということのようだ。

同様に他人を自分の文脈に引き込むことも難しい。下手をすれば機嫌を損ねてしまい、逆に説教されたりしかねない。まあこの年で説教されるのもそれはそれでありがたいことかもしれない。

まあそれでも数少ない人との接点はできるだけ大切にしたいし、広げてゆきたいものである。

美術鑑賞はあまり心の文脈とは関係なく、気晴らしの散歩をするようにできるメリットがある。建築や市街の景観も一種の美術鑑賞であるし、最近はテレビ番組でも音楽の他には美術番組や自然や街の景観でも眺めるしかない。

この週末にはめったにゆくこともない日本橋三越の工芸売り場までガラス展を見に行った。その後上野の電氣点でパソコンのマウス購入した後で、気になる商品について店員と少々尋ねてみた。続いてやはり上野で人気のあるパン屋さんでパンを買い、歩いて帰ったが、近所の食品スーパーでさらに食料品を調達して、帰宅。帰宅後は、現在毎回見ているただ一つのテレビ番組である世界ふしぎ発見を見ながら飲み食いした後、続いてテレビ東京の美の巨人たちを見たのだが、テーマは「レオナール・フジタ『小さな職人たち』これで予想外に感動した。

上記のいくつかについて別ブログ『ミュージアムとガラスギャラリー訪問記』ともう一つのブログに、簡単な記事にしてみるつもり。

実は今、仕事があまり忙しくもないことも良いことに、かなり長期間にわたって鏡像問題が意識の重要部分を占有している。重要と思われる参考書を中古でアマゾンから入手できたのは良かったが、届くのが17日と思っていたところ、27日だったので、少々腰を折られた感じ。とにもかくにもこの件で仕事にもあまり積極的に手を伸ばす気持にもなれず、なおさらの不景気につながりそうでもある。が、まあこういうのも一つの人生のあり方だと言ってくれる人もいるだろう。少なくとも自分ではそう思うしかいない。

つぶやき

最近の乱読で思い出した風景

この二か月間ほど、夕方になって時間のあるときには近くの図書館で一時間ほど古代史関係の本を読んでいた。その時まで読んでいた本が貸し出されたのか、姿を消していたので別の本を読みかけたり、といった調子で、現在読みかけの本が二冊ある。今日、しばらくぶりに図書館に寄ってみると、その二冊が共に姿を消している。借りてしまえばこういうことはないが、そうなると外出する機会が減りそうだ。

昼間に仕事がある時でも多少余裕のある時は、今は古書で購入した太田文平著『寺田寅彦』を休み休み読んでいる。読み進むにつれて寺田寅彦への親近感と関心が深まってくる。古書であるため、書き込みはなかったが、鉛筆や赤鉛筆で傍線が引かれてあり、熱心な読み手であったことがわかる。ご本人が亡くなったことで古書となったのだろうか。

夜は、というより夜中、殆ど寝る間際になって、だいたい毎日二冊の本を少しずつ、読んでいた。殆どわずか二ページという日も多かった。もう読み終わったが、書名を挙げるとその一冊は西沢美仁編著『西行 魂の旅路』で、正直なところ結構読みづらかった。全部で60首の短歌についてそれぞれの散文による現代語訳と数ページの解説が付けられているわけだが、現代語訳があまりにも散文的で、どうしても興ざめになり、解説文も読みやすいとはいえなかった。もっともこれは当方の知識不足によるものだろう。ただ、読了した後であらためて序文を読んでみると、「西行という文化を読み解いてほしい、という願いを込めて書いたものである」と書かれていた。これはこれでなるほど、と思うところがある。「西行」は文化だったのだ。そう考えるとまた読みなおしてみることもあるかもしれない。しかし当面、同じ『西行』でも別の『西行』を読んでみたいものだ。

途中まで並行して読んでいたもう一冊は、白洲正子著、『隠れ里』。予想される通り、こちらのほうが文章としては断然面白い。恐らく外面的にというか、形式面だけであるにしても司馬遼太郎の『街道をゆく』に似ているように思われた。歴史を含んだ紀行文ということでどうしても形式的には似てしまうというところがあるのだろうが。

この本で取り上げられている土地はいずれも奈良と京都の周辺や隙間に当たる各所だが、その中で「丹生都比売神社」と「葛城のあたり」は、当方にとっても何らかの縁がある。丹生都比売神社のある天野盆地は、我が母方の先祖の土地ということで昔から一度行ってみたいと思うこともある土地だったが、ちょうど今年の春に帰省した折に初めてて行って見たところである。

もう一方の「葛城のあたり」というのは具体的に今の御所市にあたり、この地にはそれ程縁があるというわけではなく、改めて思い出してみると小学校の遠足で橿原神宮に一度行ったきりなのだが、背景となっている葛城山と金剛山には一度ならず登ったことがあるし、この地方の山々は小中学校時代の遠足やハイキングコースとして定番の土地であったし、それ以外にもある程度馴染みの土地であった。ただいずれも葛城山、金剛山の西側、大阪側であって、奈良県側ではなかった。中学校時代の先生が授業中だったか、金剛山の登山道の説明で「このこの道を反対方向に行けば御所にゆく、あるいはこういけば五条に行く」といった説明をしてくれた時の言葉が何故か記憶から消えず、なんの理由もないのに思い出されるのも不思議な気がする。そのときは御所市も五条市も知らなかったし、遠足で行ったはずの橿原神宮が御所市であったことも知らなかった、

こういう場所なので、白洲さんがこの本でこの地への強い思い入れを語り、その美しさを褒め称えるのを読んで悪い気はしない。ただ、当時の私はその辺りの風景や土地柄にそれ程引かれていたわけではなかった。山の風景は好きであったし、山にハイキングに行ったりするのも好きだったが、特に小学校時代の遠足や耐寒訓練とか林間学校とか称する、いわばハイキングでそういった地方を歩かされたときなど、気に入らなかったこともあって、それは目に入ってくる山や森の殆どが杉林であったことだった。山間の道を足の疲れを我慢しながら歩くとき、杉林や杉山の単調でやや暗い色調の風景ばかりが次々と現れるのが当時の私には不満だった。杉林やその他の針葉樹の森も、その中に入ってしまえば確かにどことなく森厳な雰囲気がある。そういう雰囲気もある程度は判らないでもなかったが、やはり子供には広葉樹の風景が好まれるのではないだろうか。あるいはそういう杉林はすべて人工林であることから来る単調さだったのだろうか。そういう人工林は特に大阪側に多く、奈良県側はもっと違っていたのだろうか。いずれにしても山地に行くのは限られた機会だったし、自宅は海岸近くであったので山にはあこがれがあった。ただ関東平野のようには広くない大阪平野からは、どこからでも遠くの青い山脈を見ることは可能であった。

そういう次第だったので二十歳過ぎから数年間、山口市に住むことになったことは、それまでに知らなかった自然に目覚める思いだった。そこでは年中、四六時中、間近に山々を見ることができたが、圧倒的に杉林が多かった大阪府の山間とはかなり異なった印象を持った。特に初夏から真夏にかけて広い川べりを歩いたり自転車で行きながら対岸の向こうに見える山並みを眺めると、やや青くかすんだ空気の層を通して、明るい緑の諧調がオパールのファイヤのような感じで煌めいているように見えた。そういう美しさは経験したことがなく、この地方独特のものかとも思ったが、四季を通じて間近に山々が見える土地で生活したのは初めてであったことが大きかったのだろうし、当時の個人的で精神的な条件によるものでもあったのだろう。


こういった次第で、『隠れ里』やこれ以前に読んだ白洲さんの本に影響され、改めて故郷に近い山地を見直してみたいという気もあり、今年の春に帰省した折に天野盆地などを訪れて歩いてみた。このとき、縁者の一人に聞いて初めて知ったことは、母方の父祖の家は明治のころは林業をやっていたということだった。あの杉や檜の人工林の一翼を担っていたわけであった。もちろん杉の人工林は全国的なものだが、やはり関東や関西の大都市近くの山林に多いのではないだろうか。たとえばまだ行ったことのない東北地方はどうなのだろうかと興味がある。

いまは『隠れ里』にあったそのほかの土地々々、すなわち吉野や熊野地方と滋賀県地方や京都周辺にも行ってみたいという気持ちと、反対に東北や北海道に行ってみたいという気持ちとがある。九州であるなら史跡、古代史跡を訪れてみたい。

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「科学以前の心」読了

中谷宇吉郎著「科学以前の心」、河出文庫を読了。また別のブログに多少詳しく書いてみたいがとりあえず、ここにメモっておこうと思う。編者の福岡伸一氏の解説はかなり的確だと思った。著者が感情的なこと、政治的なこと、哲学的なこと問題などはかなり抑制して、あえて深いところまで踏み込むことを意図的に避けていると思う、という解説であったが、確かにそういうところがあるように思う。一つ気づいたことは、昔、「暮らしの手帳」に連載された記事で記憶に残っていたエッセーが収録されていなかったことがある。もちろん、この比較的ページ数の少ない文庫本に収録されることを期待していたわけではない。そのエッセーというのは、万有引力のことを解説したもので、アインシュタインの一般相対性理論に対してかなり覚めた見方をしていたことが、いまだに忘れられない。それというのは、ああいう難しい理論物理学は自分にはわからない、と言いながら、一方で、一般相対性理論というのは単に数学的な説明を与えただけで、それで万有引力が解明されたわけではないというような意見の表明だったように記憶している。もう昔の話だが、このエッセーはついては個人的に、絶えず念頭にあるというわけではもちろんないが、科学の問題を考えるときにはいつも思いだす話のひとつである。

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寺田寅彦の人物と作品への関心

昨日夕方、また古書店街を歩いたとき、店外のケースに展示してあった『寺田寅彦(太田文平著)』という本を見つけた。即購入とまではゆかずにちょっと迷ったが、結局後から購入した。寺田寅彦の著作集は数年前に、やはり古書街で見つけて購入したのだが、最初のエッセー一遍を読んだきりで、そのまま放置したままであった。まあ、いろいろと理由はある。最初の一遍で読む気が無くなったわけでもないが、その一遍で特に寺田寅彦の文学に引き込まれたといえるほどでもなかったことは確かである。それでも今回この本の背表紙が目につくやすぐに立ち止まって手に取ってみたということは、やはり気になっていたのである。結局、寺田寅彦の文学というよりも、その人物、生涯に興味を持っていたのだと思えたのだ。いまちょっと著者のあとがきを読んでみると、「私は次第に寅彦の作品よりも寅彦自体に親近感を持つようになった。」という一節があったので、少々このことが裏付けられたような気がした。

著者は有名な人ではないが、1916年生まれの方なので、これも私にとっての安心材料の一つであった。500円はあまり安いとも思わなかったが、別に購入を考えていた新書本の古書が600円だったので、こちらの方にしたという、さもしさもあったことを告白しておこうか。

個人的に古書が趣味でもなく、貴重な参考書を探し求めるような研究家でもないので、古書店の店内にまで入って探すことはめったにない。文庫本に慣れると本はすべて文庫本で結構だという気になる。いまや眼鏡を外して手に取った本を目に極力近づけて読むことが多いから、コンパクトな文庫本が都合がよい。ということであまり古書の棚を見るのが好きだということもない。しかし時には古びた薄汚れた古書に懐かしさを感じることもないではないんだが。

とりあえず、寅彦の著作を読むよりもこちらを読むのが先になりそうだ。
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