4つのテーマ別ブログ記事の更新情報に加え、テーマ外の脈絡のない内容をつぶやきのように綴っています。以前のタイトル「意味の周辺」は2011年12月以降、http://imimemo.blogspot.com/ にて更新を続けています。「意味の周辺」該当記事に対するコメントはhttp://imimemo.blogspot.com/ の該当記事に投稿して頂ければ幸いです。

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つぶやき

雑談―大河ドラマ・女優・歴史・西行―

2月末ころから仕事が集中し、5月の連休明け頃を期限にして一段落の予定。その後どう推移するか、同じ忙しさが続くかは神のみぞ知る。

ことにこの4月中はかなり焦っていた。結果として桜を見る機会も逃してしまった。4月の初めまでは結構寒い日が多く、桜もなかなか咲かないななどと思ったり話したりしているうちに、いつしか散ってしまっていたようだ。そして昨日、もうツツジが満開に近づいている事に気がついた。銀杏の木ももう緑で覆われている。なんと速いことか。

ところが一昨日、ちょうど生活パターンに1つの区切りがつき、というか区切りをつけ、時間に多少の余裕がでてきた時期と歩調を合わせるように―これは仕事の性質上そういうことはあり得ることなのだが―当面の仕事が前日までとは打って変わって速く進むようになった。結果、全体の進捗状況にもゆとりが出てきた。そうなると現金なもので、PCに向かう仕事は休み休みということになり、すぐに一息ついてはブログやツイッターを除いてみたりする。実際のところ、他にもやるべきことがあるにはあるのだが。

ただ、生活パターンの変化というか区切りは一抹の寂しさ、メランコリーをもたらした。

という次第で、5つほどのブログのどれも更新どころではなかったが、この間、一時書きかけた雑文をもう一度書き続けてみようと思う。文字通り雑文で、他の4つのブログのカテゴリーには入らないので。(4月27日~30日)


 「雑談―大河ドラマ・女優・歴史・西行―」

このところ忙しく、ブログもツイッターからも遠ざかっていた。毎日、終日の仕様書やらトラブルシューティングやらライセンス契約書やらと向き合っていると何か「駄文」でも書きたくなる。それで休憩のつもりで少しずつでも合間合間に脈絡もない駄文を欠いてみようかと思ったが、やはり休憩は休憩。飲んだり食べたり、目薬をさしたり、ベランダに出て多少遠くをながっめて見たり、ということになってしまい、脈絡のない駄文といっても、直ぐに手につくわけでもない。それでもまだ暫く続く忙しさの中で、少しづつ、脈絡も考えずに駄文の記事でも書いてゆくか・・・という次第。

先日、ちょっとした仕事の都合で友人が訪れた際、帰る前に一応お茶も入れ、パソコンの前でネットの歴史ブログなどを見ながら歴史談義のようなものをしていた。彼は歴史に詳しく、どうしても歴史談義になってしまうのである。実際よく知っていて、例えば、家康は確かに偉いが、頼朝はそれほどでもない・・・周囲に担がれていただけだ。彼も本心では京都に行きたかったのである云々、といったようなことを良く話す。私自身はそのごく一部、断片を知っているだけである。そんな最中、ある歴史ブログをクリックしたりしながら、平家の話になった。例の大河ドラマの「清盛」だが、彼は最近大河ドラマはバカバカしくて見なくなったそうである。

私は「清盛」はオンデマンドで見ていた。日曜日は時間帯が合わず、土曜の深夜に見る習慣になっているが、とにかく毎回見ることは見ていた。それでそのとき、侍賢門院の役をやっていた女優さんがきれいだったという話をしたら、彼も興味を持ち出してそれが誰かという話になり、その場で、ネット検索をしてみた。グーグルで「侍賢門院」の画像検索をしてみたのである。当然のように待賢門院本来の肖像画も出てくるが、大河ドラマの「待賢門院」もたくさん出てくる。画像検索には文字も多少は出てくる。それでその女優さんが「壇れい」という人であることを、彼のほうが目ざとく見つけた。私はその名前を知らなかったが彼は良く知っていた。比較的遅咲きの女優で、数年前に山田洋二監督の時代劇映画に出演してから、美人女優として有名になったと言うようなことから、最近結婚したことやその相手のことなど、結構詳しく知っている。もちろん、そんなに詳しいわけでもなく、宝塚出身であることなど、もう少し詳しい情報にはこの検索で初めて知ったらしく、いろいろと感心していた。

ひとしきり、さらにいくらか彼女やその結婚相手や、あるいは歴史に戻って歴史関係のブログなどを検索しながら雑談したあと彼は帰ったが、そのあと一人で暫く、そんな暇はないはずなのに惰性で同じような検索を続けた。女優の名前などをネット検索していると、あらぬ方向に誘導されてしまいそうだが、本来の関連でも随分いろいろ書かれている。この人は性格のことを特にいろいろと書かれているみたいだ。まあ女優にしても男優にしても性格のことをいろいろ言われるのはしかたのない事だろう。ただ、俳優の場合、性格のことを言う場合も単に「どういう性格か」という言い方ではなく、性格が「良いか悪いか」という表現になる。これは興味深い問題かもしれない。「性格」が「良いか悪いか」で判断すべきものになるということ。つまり「性格が良い」とか「性格が悪い」などという場合、本来の「性格」の意味するところから少々離れた意味になっているようだ。

そうこうしているうちにこの檀れいさんがサントリーの金麦のコマーシャルにでていた人であることがわかった。このコマーシャルはよく見かけていたが、個人的に、待賢門院の女優さんがこの人だったとはまったく気が付かなかった。このコマーシャルを見ていたときにはただ沢山いる綺麗な女優さんかタレントの一人だろうといいうような印象しかなく、とくに美人だなと感動するようなことは全くなかったのである。

大河ドラマの待賢門院を見て初めて、この人は美人だな、と気がついたというか、意識的にそう認識できたということはどういうことなのか、なぜなのかということに、自分のことながら興味を持った。

思うに、やはりああいった衣装やヘアスタイルはもちろんのこと、当時の宮廷らしき状況が美人さというか、つまり女性人物の美しさを際立たせ、引き立てるのだろう。それにやはり役柄の待賢門院という人物そのものの印象がある。

実を言うと、先の話し相手とは違って歴史に詳しくない私は、待賢門院という人物の存在について知ったのはつい最近のことなのである。最近というのは、昨年のこと、「西行」(白洲正子著、新潮文庫)を読んだことである。この本で待賢門院の名前が出てきたとき、字面にはどことなく見たことがあるような印象を受けたが、事実上知らなかったに等しい。読み方も、調べる前までは「じけんもんいん」と読むのかと思ったくらいである。

この本には文庫本だったが口絵写真がついていた。そのひとつが待賢門院の肖像画であり、巻頭の西行本人の肖像画と―間に二枚の「西行物語絵巻」を挟み―対のようになっていて、西行となんらかの関係の深い女性であることがそれだけで判るようになっていた。確かに美しく、美人として描かれたことは間違いがない。著者は「寂しげな表情」と言っているが、ちょっと見には特に寂しそうには見えなかった。近視の眼をよくよく近づけてみると確かに淋しげにみえることは見える。しかし表情とは難しいものである。但し美人であること、美人として描かれていることはすぐに判る。
KC460110.jpgKC460105.jpg



巻頭の西行の絵は著者がいたくお気に入りで高く評価している絵で、確かに味わい深い表情の肖像画である。それ以外に、今気がついたが水晶らしい大きな数珠が描かれている。当時としては随分豪華なものだったに違いない。

この本を読んだきっかけも別のブログに書いたことがあるが、西行についても詳しいことは殆ど知らなかったのである。超有名な二、三の短歌はさすがに知っていたが、それ以上のことは最近まで殆ど知ることがなかった。ただ日本のいわゆる文人というか文化人の間で超人気の歌人であることは十分認識していた。大抵の場合、人麻呂か西行か芭蕉が最高の詩人としてあげられることが多いように思われる。しかし、好みとしては西行がもっとも好かれているような印象もある。この本の著者も西行を日本最高の詩人と見ているようだ。こうなれば他の伝記や論考、評論、そしてもちろん西行自身の歌集にも手を伸ばさないわけには行かないなと思う。しかしやはり古典は敷居が高い。この本に引用されていたいくつかの短歌を見てもそうだった。

それはさておき、大河ドラマももうかなりマンネリ化している。この辺りでいったん政治的英雄や戦国の女性といった路線から離れて詩人の路線、さしあたり西行の一代記でも取り上げてみたらどうかなとも思う。内容はよく知らないが「西行物語」という古典もあることであるし、資料には事欠かないだろうし。

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