4つのテーマ別ブログ記事の更新情報に加え、テーマ外の脈絡のない内容をつぶやきのように綴っています。以前のタイトル「意味の周辺」は2011年12月以降、http://imimemo.blogspot.com/ にて更新を続けています。「意味の周辺」該当記事に対するコメントはhttp://imimemo.blogspot.com/ の該当記事に投稿して頂ければ幸いです。

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「意味の周辺」記事

自然とエネルギーの意味論

自然とエネルギーという二つの言葉が飛び交っている。端的に言って「自然エネルギー」という熟語が飛び交っているが、キーワードとしては「自然」と「エネルギー」という二つの言葉として分析される事を、言葉自体が望んでいるかのように見える。とりあえず、「エネルギー」という言葉、概念について・・・。

(日常語あるいは政治経済的用語としてエネルギーという言葉は「エネルギー資源」と「動力源」との二つの意味で使用されているということ)

エネルギーという言葉は、歴史的にはともかく、現在では基本的に、日常語としても、物理学的な用語での意味が基礎となっているように思われる。非常に抽象的な概念だと思うが、更に抽象的に、哲学的な意味あるいは神秘的な意味を持たされる場合もあると言える。とにかく最高度に抽象的な言葉である。このエネルギーという言葉が日常語として、特に政治経済用語として盛んに用いられる用になったのそんなに古いことでは無いのではないだろうか。はっきりと記憶しているわけではないが、石炭や石油、或いは電力等の意味でこの言葉が使われるのを始めて体験したときには少し違和感を感じたような印象をもっている。今は誰もが極めて普通にこの言葉を使ってはいる。

つまり、エネルギーという言葉を燃料という意味で使っている訳である。しかし今は電力が活躍する時代であり、電力には水力も使われるので燃料を普遍的に表現するという意味でエネルギーという抽象的な言葉が使われるようになったのであろう。しかしエネルギーでは抽象化しすぎであるように思われる。最も適切な言葉は「エネルギー資源」であろう。要するにそこからエネルギーを得るところの資源である。エネルギーは修飾語であり、主体は資源である。資源というかなり具体的なものにエネルギーという最高度に抽象的な言葉を当てているところに違和感を感じたのでは無いかと思う。

しかしエネルギー問題におけるエネルギーのすべてがエネルギー資源の意味で使われているかというとそうでもない。エネルギーを取り出す資源を意味すると共に、取り出して使用する、更に具体的なエネルギーそのものに対しても使われていると考えられる。つまり、エネルギー資源ではなくエネルギーを消費する直前のエネルギーの状態を指す場合がある。電力そのものとか、自動車に使うガソリンとか、アルコールどか、家庭で使用する都市ガスなどである。都市ガスなどは殆ど元のエネルギー資源そのままである。

以上のとおり、エネルギー問題においてエネルギーと呼ばれているものには二つの意味があるのといえる。ただ実際のモノとしては同じものを指している場合もあるので、このことに気づきにくいのである。

一方の、エネルギー資源の意味でのエネルギーについて考えて見よう。前記のようにエネルギーという言葉がエネルギー資源のことを指していることに気がつけば、最近の政治経済上の焦点ともなっている「自然エネルギー」なる用語のおかしさにはすぐに気付くはずである。そもそも天然資源はすべて自然に由来する。エネルギー資源も同様である。先に例をあげた天然ガスなど、殆ど採掘されたそのままの状態で家庭に運ばれてエネルギー源となっている。風力と太陽光が自然で、天然ガスやいわゆる化石燃料が自然ではないとする区別する必然性は全くない。風力と太陽光を共通して特徴付ける要素があるとすれば、気象に由来し、左右されるという意味で気象エネルギー資源とでも言うべきだろうと思う。

自然と人工的あるいは人為的との区別が有効であるとすれば、それはエネルギー資源ではなく他方の、「エネルギーとして消費する直前のエネルギーの状態」の意味で使われる場合であろう。このように考えると、電力エネルギーはすべて人為的である。そもそも自然には電気エネルギーとして取り出せるものとしては雷ぐらいしか考えられない。雷を電力として利用しようなどと考える人はいないだろうから資源とは言えない。

電力以外の殆どは燃焼エネルギーであって、燃焼の工程が人為的であるとすれば、これも人為的エネルギーとなる。この意味で自然エネルギーといえるのは力学的エネルギーを粉ひきにそのまま利用している風車とか水車ぐらいで、現在では無視できる程度のものである。事実上、現在では、消費する直前のエネルギーはすべて人為的だと考えて良さそうである。

なぜ、発電向けエネルギー資源としての風力や太陽光が自然エネルギーと呼ばれるようになったのか、これを分析するには「自然」の意味論を展開しなければならない。簡単に済むよな問題ではないが、何となく、前回を含めてこれまでこのブログで取り上げてきたようにエコロジー思想が大きく関わっていることは想像がつく。すでに言ったことの繰り返しにすぎないが、科学と信仰あるいは宗教と政治ビジネスが複雑に絡み合っている問題であることは容易に想像がつく。

― 以上、とりあえず今回はエネルギーの意味の一端について考察してみました。
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