4つのテーマ別ブログ記事の更新情報に加え、テーマ外の脈絡のない内容をつぶやきのように綴っています。以前のタイトル「意味の周辺」は2011年12月以降、http://imimemo.blogspot.com/ にて更新を続けています。「意味の周辺」該当記事に対するコメントはhttp://imimemo.blogspot.com/ の該当記事に投稿して頂ければ幸いです。

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「意味の周辺」記事

科学と論理と「陰謀論」、そして専門性

陰謀論という言葉が最近特に目に付くようになっている。私自身も最近、ブログで使ってしまったが、よく考えると変な言葉、少なくとも、注意して用いなければならない種類の言葉で、事実、ブログなどではそのような、この言葉を使うことへの批判的な論調も少なからず見うけられ、それは正当なことのように思われる。

だいたい「何々論」という表現自体が問題を含んだ表現である。「論」という言葉が、非常に具体的なものから最高度に抽象的な意味にまで使われるからでもあろうか。少なくとも状況によって幾つかの言葉に置き換えることができるだろうと思われる。たとえば「何々説」といった方が適当と思われる場合もあり、「何々理論」といって良い場合もあり、あるいは「何々を論ず」、あるいは「何々を批評する」、または「何々研究」、あるいは「何々の考察」とでもいうべき場合もあるだろうと思う。

「何々論」という場合に、以上の中でもっとも近いと感じられるものは「何々を論ず」という意味で使われる場合だろう。この場合は普通、具体的な特定の対象に対して用いられる場合が多い。とくに有名な人物などに用いられる場合が多く、例えば「夏目漱石論」とか、今話題の政治家などでは「小沢一郎論」とかいう場合である。この場合は分かりやすい。この種の受け取り方でいえば、「陰謀論」も「陰謀」という言葉あるいは概念のついての意味的な考察か、陰謀一般についての考察または論考と考えるのが自然なのであるが、現在流通している「陰謀論」はそうではなく、どちらかといえば「陰謀説」といった方がまだ正確なのではないかと思えるようなものである。

簡単に言えば特定の、あるいは一般的に、政治的に重要な意味を持つ事件が陰謀によって起こされているものと推論したり、想像したりすることを「陰謀論」といっているように思われる。

問題なのは、陰謀論というだけでは陰謀で説明していると言うだけであって、それが単なる想像や妄想によって結論づけているのか、科学的に説明できる根拠による論証によるものか、どちらをも意味しないか両者を意味するとも言えることである。

しかし今流行している用い方によれば、ある特定の陰謀説とでも呼ぶべき言説を、「それは陰謀論だ!」という事によって、それは想像もしくは妄想、あるいはねつ造による陰謀説であるものと断定して非難するような仕方で用いられている。これはおかしな話であり、少なくとも論理的ではない。こういう論法は英語でいう Sweeping generalization と呼ぶものに近いものがある。

どうやらこういう「陰謀論」の用法は「ニセ科学」で有名な阪大の菊池誠教授の影響が大きい可能性がある。というのも以前、教授のブログで陰謀論のスレッドを見たことがあったからである。その時は少々驚いた。「ニセ科学」論議も反感を感じさせるものであったが、このようなことまで「ニセ科学」と殆ど同じような調子、論法で扱っているのにちょっと呆れてしまったのを覚えている。

それまで菊池教授については、「ニセ科学」を糾弾するNHKのテレビ番組の録画がインターネット上に流布しているのを友人に教えられて見たことがあるのみだった。おそらくブログなどをも書いておられるのだろうとは思ったけれども特に探して見ることもなかったのだが、ある時期にそのブログを拝見したところ、ちょうど「911陰謀論」でコメントによる論戦が華やかに展開されているときだった。今もう一度みてみると、昨年の10月になる。その頃まではあまり「陰謀論」という言葉は聞かなかったような気がする。もちろん、世界の歴史が何ものかの陰謀によって繰られているという言説や書物を問題視するような記事が時々、新聞などに現れていたことは知っている。

今あらためて教授のブログの、それらの記事を見ると、問題の記事は「911陰謀論」というカテゴリーで、その上位カテゴリーとして「陰謀論」というカテゴリーが立てられており、内容のどの部分でも「陰謀論」が盛んに用いられている。はっきり言って、科学者らしい論理的な文章とは思われない。たとえば次の簡単な表現から端的にそれが見て取れる。

「アメリカが嫌い」だからといって、アポロや911を陰謀だの捏造だのと言うのは間違いです。
「中国が嫌い」だからといって、神舟を捏造だと言うのは間違いです。』(2008/10/03

形式論理的にどうこう言うのではなく、意味的にあまりに粗雑だと思うのである。「嫌い」という言葉を始めすべての言葉の意味を固定的に考えている。

そもそもアポロや911を陰謀だという人たちがアメリカそのものを嫌っているといえるのかどうかが疑わしいが、仮に嫌っているとしても、それには理由があると考えるのが普通であるか、考え深いというものであろう。またアポロと911とを何の根拠があって一緒に扱っているのかも分からない。

彼らがアメリカが嫌いになったのはアポロあるいは911を陰謀だと確信するようになったからかも知れない。そういう可能性もないとは言えないはずである。

あるいはアメリカが嫌いになった理由に、そのような陰謀を疑う根拠となるようなものがあったのかも知れない。

難しい専門分野で業績をあげているはずの大学教授が何故このような粗雑な論理を用いるのかと考えることは興味深い事である。

だいたい専門用語というのは、特定の用語の意味を非常に限定した意味で固定的に使うものであるということはできるだろう。

たとえば「力」は、物理学では事実上、数式で定義されているとも言える。日常的につかわれている「力」はそれよりも遙かに多様な意味で使われる。

「力」の場合はあまりにもよく使われる言葉だからそれ程問題になるようなこともないかも知れない。しかし、専門分野で特殊に限定された意味で用いられる専門用語を形式的に数式に代入し、固定的に、形式論理的にのみ扱うことに慣れてしまうと専門外の、多様で重層的でもあり、深い意味を持ちうる言葉をも、単なる記号として固定的に扱うようになるのかも知れないと思えるのである。






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