4つのテーマ別ブログ記事の更新情報に加え、テーマ外の脈絡のない内容をつぶやきのように綴っています。以前のタイトル「意味の周辺」は2011年12月以降、http://imimemo.blogspot.com/ にて更新を続けています。「意味の周辺」該当記事に対するコメントはhttp://imimemo.blogspot.com/ の該当記事に投稿して頂ければ幸いです。

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つぶやき

井上章一著「伊勢神宮と日本美」を読みました

いま忙しくなくもないが、せっかく面白く読んだところなので、忘れない内にメモっておこうかと。

この著者の本は2度目である。最初の方は「霊柩車の誕生」だった。最初に出版された時点に読んだわけではなく、かなり後になってからだったが、それでもずいぶん前で、まだ若いころである。よく覚えているわけでもないが、今回とは文章の特徴が変わっているような印象を受けた。なぜか今回の方が、こなれていない感じがする。ちょっと引っ掛かりのあるような抵抗を感じるところがあるが、それでもこの著者らしく読みやすいことは確か。内容自体は一気に読ませるだけの面白さはある(実際には一気に読んだわけではない)。

文庫本(講談社学術文庫)で650ページの本で、原本の表題は「伊勢神宮 魅惑の日本建築」とのことである。2009年刊行だから、まだそんなに以前ではない。

内容は、一言でいって神明造りと呼ばれる伊勢神宮の様式についての研究史といえる。本書のほぼ全体を使って多数の建築家と建築史家の研究をおおよその時系列で論評してゆく形式になっている。つまり批評という形式である。伊勢の神明造に限った建築史の批評であるので、批評文学としてのメリットが生かされているといえる。本書自体が建築史でもなく建築批評でもなく建築史という一種の思想の批評であり批評として有意義な発見に満ちているともいえる。とにかくそこが面白い。

ただし、最後の10ページに満たないあとがきで、確証はないとしながら一つの自説を述べている。それによると、現在の伊勢神宮にはかなりの中国的、つまり中国に由来する仏教建築的な要素がある。欄干つきの回廊があることと、切妻の装飾などである。この現在の様式は桓武天皇の時代の建て替えに由来するもので、天武朝の創建時の様式は現在の様式から中国的要素を抜き去ったものではないかということである。

この、著者の自説には確かに説得力はあるが、もう少し資料を詳しく示したうえで、論じて欲しかったと思う。たとえば、「『延暦儀式帳』じたいが、少々うさんくさいのだ。」と書かれているが、その胡散臭いということの根拠が書かれていないのが気になる。
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