4つのテーマ別ブログ記事の更新情報に加え、テーマ外の脈絡のない内容をつぶやきのように綴っています。以前のタイトル「意味の周辺」は2011年12月以降、http://imimemo.blogspot.com/ にて更新を続けています。「意味の周辺」該当記事に対するコメントはhttp://imimemo.blogspot.com/ の該当記事に投稿して頂ければ幸いです。

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写真 と ブログ更新のお知らせ、および つぶやき

ブログ更新のお知らせ、写真、つぶやき

ひと月ほど前にこのブログを更新したつもりでしたが、よくある手違いで下書きのままになっていました。今回はそれに上乗せする形で、相も変わらず不忍池などの写真に添えて気晴らしがてらのつぶやきぼやきを、アップします。

この場所に今では散歩や買い物などを兼ねて、週に2回以上は来ていますが、いつも夕方なので大輪のハスの華も殆ど閉じているか、形が崩れかけているのですが、この日は夕方にも拘わらず、一輪だけ、見事に開いた華が橋のすぐそばで見つかりました。
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この日も雨が降ったりやんだりでしたね。

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この日、白いスワンボートを初めて見ました。これまでピンクか赤か、黄色などしかなかったように記憶しているのですが・・・観光客が増えたので新しく投入したのでしょうか?やはりスワンは白がきれいですね。

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向こうの白い建物は隣のより高層のビルと同様、上野駅のすぐ近くにあるホテルです。ここから見る佇まいはとてもそんな場所には見えませんね。その右隣からはもう繁華街といってもよいような場所なのです。当然、左の高い森は上野公園です。

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南の空。

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西の空。

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東の空。

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今年は、東京ではとうとう梅雨が明けることなく夏が終わりそうな気配です。テレビニュースの予報士は猛暑になると予測していましたが、彼自身、本当はこうなることがわかっていたのではないでしょうか。気象庁のホームページを見てもそんな長期予報はしていなかったし、少し前にフェースブックでシャアさせていただきましたが、あの大槻先生もホームページで今年は冷夏になると書かれていましたしね。21世紀の20年代から地球は寒冷化に移行するという、元気象庁の権威であられた根本順吉さんの前世紀末の予測が、そろそろ現実味を帯びてきたような気がします。確かに西日本は今年も猛暑だったようですが、この程度の猛暑は西日本では例年通りであることは西日本育ちの私はよくわかっています。北海道の一時的な暑さも、ああいう異常気象は日本でも世界でもどこかでしょっちゅう起きていることではないでしょうか?とにかくわれわれ庶民としては今後は寒冷化に備えた心構えをしておくべきでしょうね。

●以下は、一か月ほど前に書いてアップし忘れていた記事を、だいたいそのまま載せます。

前回の記事以降、2つのブログ、『発見の発見』と『意味の周辺』をそれぞれ数回、更新しています。
どちらもすべて鏡像問題の記事、『鏡像の意味論』シリーズです。

最近、昨年の秋以降、仕事があるとき以外は殆どこの問題に没頭していました。寝ても覚めてもといっても良いくらいです。まだ当分は続きそうです。これが私の人生の役回りだったのかな、などと勝手ながら考えているのですが。

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先週の金曜日夕方、珍しく夕方のまだ早い時間に上野あたりに赴いて所用を済ませた後、自然に上野公園に足が向かい、都立美術館に近づいてきたとき、あのブリューゲル「バベルの塔」展が終了間近であることに気付きました。以前から行こうか行くまいか迷っていたのですが、ちょうど条件が揃ってしまい、都営美術館には大幅な年齢割引もあることだし、ということで相当混雑はしていましたが、入館してしまいました。

人気のある展覧会らしく相当に混雑していましたが、当方としては最近は西洋のルネッサンス前後の宗教画や肖像画や風俗画など少々食傷気味でもあり、全部を丁寧に見る気力もなかったのでそれほど苦にはならなかったのですが、さすがに看板の「バベルの塔」の前だけは行列させられました。記憶では1m位の大きさかなと思っていたのですが、後でパンフレットを見ると高さが70cm余りの大きさです。それまで写真で見ていた限りあまり美術作品としては好きでもなく期待はしていなかったのですが、実物を見ると確かにブリューゲルの最高傑作とされることが理解できました。絵柄から期待されるよりも小降りですが、まさにこの大きさがこの絵の美しさにぴったり嵌っているように思われます。それにしても当初からこの絵がブリューゲルの最高傑作とされていたのでしょうか?もしかしたら日本人好みの美しさかも知れませんね。それにしてもミュージアムショップまでが長蛇の列なのには驚きました。

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少し以前、同じ場所でヴェネツィア派展を見ましたが、普通に人物画としてはこちらの方がずっと美しいはずなんですが、余り人気がないのか人は少なかったですね。

以下、いつもと同じですが最近の不忍池と小石川後楽園の様子をいくつか。日付は忘れてしまいましたが何れも5月か6月です。

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ときにはこんなところでベンチに座り、鏡像空間の疑問に考えを巡らせることができたのはある意味、至福のひとときであったとも言えなくもありません。ときにはシャープ製の手書き電子ノートにメモを取ったりしましたが、これはこんな公園のベンチなどでメモをとるには意外と役に立つ製品であることに気付きました。バックライトのない液晶画面で、暗いことが欠点ですが、屋外では散乱光源のためか結構読みやすく、公園の街灯の下でも読めなくもないし、とにかく他人に覗かれる気遣いもありません。記憶力が低下するにつれ、何事も思いつき次第メモを取る必要を感じている向きには良い製品ではないかと思いますね。あまりきれいな字は書けませんが、もともと字が下手な向きにはむしろそのほうが良いかも。

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ここは後楽園の外側、無料で通り抜けられる散策路です。ここを折り返し点として散歩をするのも良し。
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再び不忍池。

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以下後楽園。
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やや見頃を過ぎた花菖蒲園です。
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写真 と ブログ更新のお知らせ、および つぶやき

後楽園の紅葉写真25枚とブログ『意味の周辺』更新のお知らせ

ブログ『意味の周辺』を更新しまた。タイトルは2つあり、一つは『鏡像の意味論その12 ― 鏡像問題における記憶の意義』、もう一つは『日本認知科学会にテクニカルレポートを提出しました。』です。いずれも鏡像問題絡みですが、後者はレポートのダウンロードへのリンクを掲載しています。日本認知科学会のサイトには登録番号が掲載れていますが、技術的な問題で、まだダウンロードできる状態になっていないようです。近日中にもう一つのブログ『発見の発見』の方も更新する予定です。

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この秋から急に忙しい時期が続いたのですが、そんな中、近場で紅葉でも見に行きたいな、と思っていたところ、灯台下暗しで、歩いて行けるところに紅葉の名所があることに、今頃になって気が付きました。今月12月の始め頃の午後、歩いて行ってきました。

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出口に戻ってきました。入り口と同じです。

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もう4時近くになり、もうすぐ暗くなると思うのですが、まだ4時45分になるまで入園は可能なようです。

以下は園外からの眺めです。
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このあたりの庭園周囲はかつて一時期、仕事の関係でよく通ったことがあり、いまでも散歩することはあります。外側からでも中に見事な紅葉がありそうだな、と気づくはずなのですが、なぜか紅葉の時期に入ったのは今回が初めてです。
左上の高架は地下鉄丸ノ内線。
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さすがに見事な眺めでした。紅葉といえば赤と黄色で、あまり鮮やかな赤と黄色がぶつかると必ずしも気持の良い眺めではない場合もあるのですが、この庭園にそういうところはなく、やはり、高度に計画されているのでしょう。かつて夏ごろに一度来たことはあったのですが、それ以後はなぜか入園する気を起こすこともなかったのです。梅や花しょうぶやハスの花もあり、〇〇歳以上の入園割引もあることだし、今後はもっと頻繁に出かけようと思います。割引がなくても安い入園料で交通費もいらない所です。










写真 と ブログ更新のお知らせ、および つぶやき

つぶやき、ここ2カ月ほど

まず、ブログ「意味の周辺」を更新しました。タイトルは「『ブッダは実在しない(島田裕已著、角川新書)』を読んで」。この本を読んだのは今年の冬頃でした。結構忙しい時期だったので少しづつ読んでいたのですが、それでも春までに2回目を読み直しました。端的に言って感銘を受けましたね。著者はかつてオウム事件があった頃にマスコミに登場した人のように記憶しています。その後もときどき新書版の新刊書などが書店に並んでいるのをみかけましたが、強い印象を受けることがなく手に取ってみることはありませんでした。しかし、この本をいつもはあまり行かない上野駅の書店で見つけたとき、ちょうどそのころ仏教に関する手ごろな解説書を探していたこともあってすぐに購入しました。それはともかく、この本は良い本だと思います。あまり評判にはなっていないようですが。・・・という次第でブログに読後感を書いた次第。

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春先に、ケータイをスマホに変えました。とりあえず写真画質は確かに格段に向上。特に夜間の水面はきれいに水面らしく写ります。
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これは桜も終わりに近づいたころ、千鳥ヶ淵ではなく、平川濠というらしい。平坦で落ち着いた場所です
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満開の木蓮も美しい。
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向かい側、毎日新聞社ビルの壁面にこういうところがあって、そこが雀のアパートになっています。
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再び不忍池
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東京スカイツリー。正直なところ昼間は美しいと思えたことがない。野暮ったい形にくしか見えません。何か機械部品か注射器のような。
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蓮の葉らしきものはまだ見えない。しかし何か緑のもやっとしたもので覆われているようです。
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これがハスの若葉なのか?何か不定形のものが浮かんでいるように見えるが。あるいは完全に水面上に出ていないのか?
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昨年の秋から鏡像問題に取り組みなおし、年内にも完成させようとおもっていたところ、考え直すきっかけができたり、仕事が少々忙しくなったりで中断していたところかなり気分も低下し始め、それでは元も子もないので気を取り直して再開しようと思っていたところ、出願特許の拒絶査定が来てしまいました。その理由というのが理不尽で詭弁にさえに思われ、あきらめるには忍びないので、この1か月余り、時々こみあげてくる憤りを抑えながらも反論を作成したりしてました。それも結果は未知数ながら、どうやら一段落といったところ。

写真 と ブログ更新のお知らせ

ブログ『意味の周辺』を更新しました。写真は今夕の東京駅など

ブログ『意味の周辺』を更新しました。タイトルは「鏡像問題の意味と意義」です。シリーズで書き続けて来た「鏡像の意味論」とは別記事で、『発見の発見』の方には掲載していません。しかし、今回はこちらのブログに、末尾に転載することにしました。

さて、昨夕、所用で上野に出かけた帰り、いつものように公園や不忍池を通って歩いて帰らず、久しぶりにJR線に乗って東京駅あたりの様子を見に行ってきました。去年も暮れに、用もないのに出かけて行ったように記憶してますが、去年からどのように変わったか?、やはり、1年で随分と変わっています。

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八重洲口の駅ビルのような感じだった以前の大丸百貨店の建物がなくなり、線路の高架が直接見えるようになったところに渡り廊下のような通路が出来、その上をテントで覆う形になっています。テントは青からピンク味を帯びたLEDで照明され、まあ夜はきれいといえばきれいなのかな。

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こちらは新しい大丸百貨店。中に入ってみましたが、とくに華やかな感じもなく、東京の他のデパートと特に変わったところはなし。それにしてもどこもかしこも青色LEDを使った白い照明を思う存分使用し尽くしている感じです。

エスカレーターで渡り廊下に上がってみる。
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こちらは言うまでもなく丸の内側駅舎の北口。去年の暮れまではかなり見物人も多かったように記憶していますが、もう駅舎の見物人はほとんど見られません。
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以前の中央郵便局。外側を残したそうですが、白っぽく化粧をしたようで、かつての風情は感じられません。もっとも周囲の超高層ビル群よりはまし。
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先日、金曜日の夕方、西洋美術館で『黄金伝説』展を見てきました。古代エトルリアなどの金工芸ですが、以前にも一度この種の展覧会を見た記憶があります。今回も展示品が多くあり、数は少ないもののモローやクリムトなどの絵も古代の金製品と調和してよかったと思います。
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金曜日の夜だけは8時まで開館するようになった国立西洋美術館ですが、上野公園という場所のせいか、人が少なく、おかげでどれも近づいてよく見ることができました。これから上野の美術館には金曜日の夕方に行くこのがよさそうです。


以下、ブログ『意味の周辺』に今日アップロードした記事をコピー転載します:

【鏡像問題の意味と意義】

鏡像問題はいまだに未解決であると か、定説がないとか言われる一方で、現に多くの説が存在し、少なくとも主張を続けているそれぞれの提唱者は、自説を取り下げない限り、自説こそが定説とな るべきか、定説に発展する基礎であると考えていることになる。また物理学者や数学者の中にはあえて問題にするほどのことでもないと考えている人も多いのではないだろうか。こういう状況下では新しい理論が提唱されたところで、その理論がどうであれ、現在の状況が変わることは難 しいのではないかという見方もできそうである。問題自体の重要性、意義についても様々な態度があるように思われる。


しかしながら、鏡像問題が追求するものそれ自体は、 一つの認知現象について、なぜそうなるのかという一つの説明に過ぎないといえるにしても、原因または理由が謎とみなされる限り、謎の中には未知の可能性があり、どのように多様な意味や重要な意義のある発見がもたらされるかわからないという期待も持てるのである。



どのような分野であれ、現在、定説あるいは正解とみなされている重要で価値の高い科学理論の多くに共通する要素は、そのもたらす意味範囲の広さと意義深さであり、知的または技術的生産性の大きさともいえるのではないだろうか。つまり、その理論からさらに多くの有意義な理論や証明が展開されたり、実用的、技術的な応用が可能になったりしているものだと思う。ニュートン力学にしても量子力学にしてもそのような観点から普遍的な理論として認められているのであろう。それは同時に体系的であるともいえる。


新しい理論が有意義であるとすれば、その理論自体がさらに大きく発展する可能性を秘めている場合もあるであろうし、既存の大きな体系に有意義に組み入れられ、その体系をより豊かにし、価値を高める場合もあるだろう。あるいはその両方の要素を持つ場合もあるかもしれない。そのような理論の多くはおそらく着想された当初から直感的に面白く思われ、興味深く感じられ、人を引き付けるのではないだろうか。


従来理論の不備や誤りを見つけること、さらに指摘された不備や誤りが従来理論の提唱者自身を含めて広く学界や一般から受け入れられるには様々な面で障害がある。そのような努力はもちろん、従来理論の有意義な部分を理解し、正当に評価することと共に、欠かせないことではある。しかし過剰にそのようなことに労力を費やすことは必ずしも効率的であるとは思えない。まずは金鉱石から金を取り出すことである。金以外に貴重なもの、可能的なものが含まれている場合があるにしてもそれらを選別することは後からでもできる。


逆に従来理論の不備と誤りを見つけることから考察を開始し、新しい解決を見出そうという行き方ではなかなか新しく有意義な発見に至ることは難しいのではないかと思う。ことに鏡像問題は数学の分野でよくあるように具体的に明確な形で与えられた問題を解くのではなく、問題自体が多面的にさまざまな表現で定式化されている。そのため、具体的に提起された一つの表現にしてもかなり多義的な解釈が可能な場合が多いのである。


仮に同じ程度の説得力しか持たない二つの理論があった場合、形式的な表現よりもそのもたらす意味の広汎さや意義深さを評価すべきではないかと思う。



私が鏡像問題にここまで関わることになった最初のきっかけは2007年末のウェブ新聞の科学欄記事であった。その記事では鏡像問題そのものよりもむしろそれが論争中であるということに焦点が当てられていたように記憶している。私自身は、その時、別に論争に参加したいと思ったわけではなかった。そういうことには縁がないと思っていた。ただ改めて鏡映反転の問題に興味を呼び起こされたのである。


一方、当時は偶然にも私が哲学者カッシーラーの著作(『シンボル形式の哲学』)を読み始めた頃だった。2008年から2009年にかけて遅々としながら日々、慣れない哲学書を覗き込むような気持で読み続けていた。


私が自ら鏡像問題に独自に取り込むことができるのではと考え始めたのはこの読書がきっかけである。具体的にはこの書の第二巻で鏡像問題に強力な光を当てることになると思われる記述に遭遇したのである。最初はこのブログや別のブログ記事でそれを示唆することで専門の研究者の目に留まればよいと思っていた程度だったが、そのうちに欲が出て自分自身で鏡像問題を体系化してみたいと思うようになった。それは私欲でもあったが、一方で義務であるとさえ思われたのである。


それが幾何学空間の等方性と知覚空間の異方性という異なった認知空間による説明である。『シンボル形式の哲学』では鏡像問題が扱われていたわけではなく、その個所のテーマも知覚空間そのものではなく「神話空間」であり、またマッハからの引用を元にした議論であったが、その個所をに行き当たり、読み進んだ時点で、すでにそれが鏡像問題の解答そのものであると思われたほどである。そして、ここに至って、改めて鏡像問題の重要性、奥深さについて認識を新たにさせられたともいえる。


私自身は昔、大学時代前後の頃だと思うが、いま鏡映反転と言われている現象について考えたことは記憶していた。そのときには一応解決に至ったと思い、それ以上は考えなかった。いま思い起こしてみると、その時考えたことは、鏡像とはつまるところ、こちら側の裏返しなのだ、という認識だったように記憶している。


その後30年以上も経過し、今回のように心理学や物理学の専門家によって重要な問題として議論されていることを初めて知った次第で、あらためて興味をかきたてられたのだが、個人的には学問的分野で研究職についているわけでもなく発表の場を持つわけでもなかったこともあり、ブログ記事で、例えば縦書きと横書きと認知機能との関係など、関連する事柄について気の付いたことを発表していた程度だった。


日本で行われていたその議論というのは、具体的には日本認知科学会で行われてきた討論会や誌上討論形式の論文集などになるわけで、鏡像問題のように実用性や技術的な目的からは程遠い問題に対する関心を失うことなく持ち続け、このような取り組みを続けてこられた学会と先生方の持続的な取り組みには極めて大きな意義があり、個人的にも敬意を抱いている。


それらが集約されたのが、日本認知学会学会誌の論文集『小特集―鏡映反転:「鏡の中では左右が反対に見えるのはなぜか?』に掲載された諸々の論文、掲載順に小亀淳先生、高野陽太郎先生、多幡達夫先生の諸論文であったのだろう。個人的には、この論文集の著者のお一方が私にこの議論を紹介してくださり、さらに議論の中に案内してくださることになった。その結果、具体的には昨年、学会にテクニカルレポートを提出できたことである。そのような幸運を享受できたことは誠に有難いことであったと考えている。


現在の科学は過度に技術志向的であるとか技術偏重であるとか批判されっる場合があり、私もそれに同感する考えを持っている。一方でゲーテが早くから指摘してきたように数学偏重と言う批判もあるように思える。これは形式偏重、形式主義的であるともいえ、つまるところ形式論理偏重ということになるのではないだろうか。その結果として意味あるいは概念そのものの分析、探求がおろそかになり、空虚な形式的な表現のみが物を言うようになる。


鏡像問題はこのような現状の中で真に人間的で有意義で楽しい科学を取り戻すためのまたとないテーマではないか、と思えるのである。そこからは、自然科学と人文科学に共通する根底ともいえる意味論と認識論が見え始めてくるように思われるのである。

以上。



写真 と ブログ更新のお知らせ

鏡像問題の記事を追加しました

7日の記事に引き続いて鏡像問題の記事を追加更新しました:
『意味の周辺』鏡像の意味論―その10―問題の分析
『発見の発見』鏡像の意味論―その10―問題の分析

ここでは冒頭の2つの図だけ、コピーしておきます。この2枚の図は結構、見る人が見ればインパクトがあると思います。この図の表現に到達するまでかなり長い道のりでした。kyozoninchiW01.jpg

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いつもの不忍池、弁天堂。まだ扉が開いているので何か行事でもあるのかと思ったら、いつもより早めに来たせいでまだ5時になっていなかったようです。
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にぎやかな提灯は有難いのですが、つるす竿の骨組みが建築現場のようで、ノイジーです。勝手なお願いですが、もう一工夫してほしい。

いつ来ても一人や二人はお祈りする人がいる。お祈りする人にはカップルが多いことは確か。
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5時になり閉門。
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